普段ハードウェア設計の仕事をしていて、スイッチング電源(DC-DCコンバータ)の設計をすることが多いです。しかし、スイッチング電源用の専用ICを使って設計するため、回路の動作の詳細を分からずに作っていることが多いです。そこで、専用ICを使わずに自力で設計したくなりました。
山本ワールドさんのページのように、NE555などのタイマICを使ってスイッチング電源を作っている例はネットを検索するといくつかあるのですが、どうせなら、一切ICを使わずにディスクリートで組んでみようと思いました。また、後々使えるように、単なるスイッチング電源ではなく、ニッケル水素充電器に仕上げようと思いました。
また、普段仕事で回路設計をやっているものの、基板設計をした経験がないので、今流行りのEAGLEというCADで基板を設計してみました。
とりあえず、実際に作ったニッケル水素充電器の写真と回路図を見ていただきましょう。
この回路では、5V~12VのACアダプタを接続すると、単3型ニッケル水素電池(エネループなど)が1本充電できます。単にエネループを充電したいだけなら、純正の充電器を使うほうが小さくて安いのですが、この回路の製作の目的は、充電器をディスクリートで組んで(ICを使わずに組んで)動作原理を確認することにあります。
以下、回路の動作を理解するのに必要な基礎知識について書いていきます。「理屈はいいから早く基板の作り方を知りたい」という方は、3ページ目からご覧ください。
ニッケル水素電池の電圧は、充電の過程で変化するものの、おおよそ1~1.5Vです。これを例えば5VのACアダプタを使って充電しようとすると、何らかの回路で電圧を落とす必要が発生します。
電圧を落とす一番簡単な方法はシリーズレギュレータを使うことです。下の図に、シリーズレギュレータの原理を示します。
今、5VのACアダプタを使って1.2V程度のニッケル水素電池を充電することを考えていますから、図2の原理図はそれに合わせて書いてあります。
シリーズレギュレータは、負荷に直列に抵抗(電子制御できる可変抵抗)を接続し、その電圧降下で電圧を落とします。
仮に図2で、負荷に0.5Aの電流が流れているとしましょう。抵抗では5-1.2=3.8Vの電圧を落とす必要がありますから、3.8÷0.5=7.6Ωの抵抗を負荷に直列につなげばいいことになります。また、負荷に0.2Aの電流が流れている場合は、3.8÷0.2=19Ωの抵抗を使えばいいことになります。
負荷に流れる電流があらかじめ分かっている場合は抵抗値を固定できるのですが、負荷の電流が想定できなかったり、あるいは時間的に変化する場合は、負荷電流に合わせて抵抗値を調整する必要があります。そのため負荷には抵抗値が決まっている固定抵抗ではなく、抵抗値を変えられる可変抵抗を用います。
制御回路は、負荷電圧を常時監視しており、目標の電圧(図2の場合は1.2V)になるように可変抵抗の抵抗値をコントロールします。負荷負荷が目標値よりも高ければ、可変抵抗の抵抗値を上げて、負荷電圧を下げます。逆に負荷電圧が目標値よりも低ければ、可変抵抗の抵抗値を下げて、負荷電圧を上げます。このような制御を行う事で、負荷が変動した場合だけでなく、直流電源の電圧が変動した場合でも、負荷電圧を一定に維持できます。
図2の可変抵抗は、実際にはトランジスタなど、制御信号で電流の流れやすさをコントロールできる素子を使います。可変抵抗と制御回路を合わせてIC化した製品が多数市販されています。有名な7805等の三端子レギュレータもその一例です。
負荷が変動しようと、入力電圧が変動しようと、負荷電圧を一定にできるシリーズレギュレータは便利な回路なのですが、エネルギーの使用効率(以下単に効率と呼びます)の悪さが問題となります。効率ηは入力電力PSと出力電力PLの比として次の式で表されます。
ここで、VSは入力電圧(直流電源の電圧)、VLは負荷電圧、ISは入力電流(直流電源から供給される電流)、ILは負荷に流れる電流です。制御回路がほとんど電力を消費しないとすると、ISはILとほぼ同じ値になります。
試しにVS=5[V]、VL=1.2[V]を代入すると、効率ηは0.24になります。つまり、ACアダプタから供給された電力の24%しか電池の充電に使えないのです。また、この計算は、制御回路が全く電力を消費しないという仮定で計算していますので、実際にはさらに効率が悪くなります。効率を改善するにはスイッチング電源を使う必要があります。
シリーズレギュレータの効率が悪いのは、電圧を抵抗で落とし、落とした電圧に見合った電力を、熱として捨てているからでした。効率を改善するために、抵抗による電圧降下に頼らない電源回路(電圧変換回路)が考案されました。それがスイッチング電源です。スイッチング電源には色々ありますが、ここでは出力電圧が入力電圧より低く、また両者の極性が同じであるステップダウンレギュレータ(ステップダウンコンバータ)について考えます。
図3のスイッチは、周期的にONにしたりOFFにしたりします。理由は後に述べますが、デューティー比が高い(スイッチがONの時間の割合が多い)と負荷電圧は高くなり、デューティー比が低い(スイッチがOFFの時間の割合が多い)と負荷電圧は低くなります。制御回路は負荷電圧を常時監視しており、目標の電圧になるようにデューティー比を調整します。
このような回路構成にすると、電流を流しても発熱する部品がないため、効率は原理的には100%になります。(実際には色々な理由でもっと低い効率になる)今回作った充電器も、効率を上げるため、シリーズレギュレータではなく、ステップダウンレギュレータにしています。
スイッチがONになると、ダイオードには逆バイアス電圧が掛かるため、ダイオードは電流を流しません。その結果、図4の経路で電源や負荷に電流が供給されます。一方で、スイッチがOFFになると、コイルに自己誘導電圧が発生し、コイルに流れる電流を維持しようとするため、図5のように、ダイオードを通じて電流が流れようとします。なお、これらの図においては、制御回路を書くのを省略しています。
注:図4においても、図5においても、コンデンサには下向きの電流が流れています。コンデンサに一方向の電流が流れ続けると、充電が進み、電圧がどんどん上がっていくはずですが、実際にはコンデンサが放電する(上向きの電流が流れる)瞬間があります。コンデンサが放電する期間は、スイッチがONの時にもOFFの時にもあり、その事を考慮して電流の流れ方の図を描くと、図4、図5以外にも図を2枚書かなければなりません。そのようにすると議論が複雑になり、かえって理解しにくくなりますので、代表的な2枚の図のみを書いています。
図4を見ると分かるのですが、スイッチがONになっている期間では、コイルにVS−VL=3.8[V]の電圧が、コイルの電流を増やす方向にかかっています。一方で図5を見ると、スイッチがOFFの期間はコイルにvL=1.2[V]の電圧が、コイルの電流を減らす方向にかかっていることが分かります。(ここでは、話を簡単にするためにダイオードが完全に導通しているものとしました)よって、コイルに流れる電流iCは、図6のように変化します。これに伴い、負荷電圧vLもごくわずかながら図7のように変化します。(図7では、分かりやすいように負荷電圧の変化を強調して書いてあります)
コイルのインダクタンスをLとした場合、両端電圧vと電流iの関係は次の式で与えられます。
よって、スイッチがONの時のiCの時間増加率(図6の傾き)はVS−vLL、スイッチがOFFの時は−vLLとなります。
もし負荷に並列にコンデンサがつながれていなければ、負荷電圧vLも、ICと同程度に変化しているでしょうが、コンデンサが電圧変動を抑える働きをしているので、負荷電圧の変化はわずかになります。
図6や図7のように、電圧や電流が時間的に変動していますが、これをリップルと言います。ステップダウンレギュレータはシリーズレギュレータと違って負荷電圧にリップルが生じるのが欠点ですが、インダクタンスLやキャパシタンスC、あるいはスイッチング周波数fS(一秒間に何回スイッチを切り替えるか)を適切に設定すれば、リップルを実用上無視できる程度に抑えられます。例えば、ニッケル水素電池の充電器の場合、負荷電圧1.2Vに対して、リップル電圧が10mV(0.01V)なら、無視してもいいと言えるのではないでしょうか。
図6を見ると、コイル電流iCは時間的に変動しているものの、常に電流が流れています。このような動作状態を電流連続モードといいます。同じステップダウンコンバーターでも、負荷電流が減るなどの条件の変化により、図8の様にiCが0になる期間が発生することがあります。このような動作状態を電流不連続モードといいます。今回製作した充電器では、電源投入直後を除いて、電流不連続モードで動作します。
電流不連続モードの動作の解析は、コイル電流が0になっている期間の長さを考慮しないといけないため若干複雑になるのですが、電流連続モードの動作は比較的簡単にできます。
スイッチがONになっている時間をTON、OFFになっている時間をTOFFとすると、スイッチがONの間に増加する電流ΔION、およびスイッチがOFFの間に増加する電流ΔIOFFは、次の2式より求まります。
また、コイルの電流が長い目で見て増減しない条件は、次の式のようになります。
式(3)と式(4)を式(5)に代入して整理すると、次の式が得られます。
ここで、D=TONTON+TOFFはデューティ比と呼ばれ、1周期の中でスイッチがONしている時間の割合を表します。
式(6)で分かるように、出力電圧(負荷電圧)は入力電圧にデューティ比を掛けた値となります。スイッチがずっとONの場合(D=1)は入力電圧がそのまま負荷にかかりますが、スイッチがずっとOFFの場合(D=0)は負荷電圧は0となります。ONの時間とOFFの時間が同じ場合(D=0.5)は入力電圧の半分の電圧が、負荷電圧となります。
D=0.5の場合、入力側と出力側で比較すると電圧が半分に減るわけですが、100%の効率を達成するには逆に電流が倍に増えていなければなりません。電流が増えると聞くと妙に感じるかもしれませんが、図4と図5を見比べると、理由が理解できると思います。スイッチがONの場合(図4)は直流電源から供給された電流が負荷側(負荷とコンデンサ)に流れますが、スイッチがOFFの場合(図5)は負荷側に供給される電流は、直流電源を通らずにダイオードを通っています。つまり、平均電流で考えると、直流電源から供給される電流より、負荷側に流れる電流の方が多いのです。
式(6)で、電流連続モードではデューティ比に比例して負荷電圧が上昇する事が分かりますが、詳しい説明は省略するものの、電流不連続モードでもデューティ比が上がれば負荷電圧は上昇します。図2の制御回路は、負荷電圧が目標電圧に一致するようにデューティ比を調整します。
ニッケル水素電池を充電するには、単に電池の両端電圧を一定に保てばいいわけではないので、充電器に組み込まれたステップダウンレギュレータの制御回路は、電池の電圧だけでなく、充電電流も監視しています。実際にどの様な制御をするかは、次のページで説明します。
次のページでは、ニッケル水素電池の特性と、充電の方法について説明します。