2019年12月02日 | 更新 |
この章では、シュミットトリガ回路の利用用途や応用分野について説明します。
図5に示す様に、ノイズの乗ったアナログ信号を、ヒステリシスのない2値化回路で2値化すると、出力がLからHに変化する部分とHからLに変化する部分の付近で、出力電圧がバタつく(短時間にLとHの間で何回か切り替わる)事があります。
この図は、ノイズの乗ったアナログ信号を、ヒステリシスのない非反転型の2値化回路で2値化した場合の、入力波形と出力波形を示しています。
上のグラフは、2値化回路の入力波形を示しています。青い破線は、ノイズが乗る前の、緩やかに変化する信号を示しています。また黒い実線は、高い周波数のノイズが乗った波形を示しています。実際に2値化回路に入力される波形はこの黒い実線の波形です。
下のグラフは、2値化回路の出力波形を示しています。ノイズの影響で入力信号が閾値VTを何回も上回ったり下回ったりするため、出力信号がLからHあるいはHからLに変化する付近で、出力電圧がバタついています。
この様な波形のバタつきがあると、例えば入力電圧が設定値(閾値)以上になった回数を数える回路においては、回数を過剰に数えてしまう事になり、不具合が発生します。
こういういう場合に、ヒステリシスがノイズの両側振幅(高い方のピークから低い方のピークまでの電圧)よりも大きなシュミットトリガ回路を使うと、図6に示す様に、波形のバタつきが発生しなくなります。
2値化回路の出力が入力に負帰還される場合、発振現象が生じる場合があります。
例えば、街灯や、家の入り口にある門灯について考えてみます。周囲が暗くなるとスイッチを入れて明かりをつけ、周囲が明るくなるとスイッチを切って明かりを消します。このスイッチ操作を人間がすると手間なので、自動化するする事にします。
自動化の方法は、例えばスイッチに時計を内蔵しておき、ある時刻(例えば午後6時)から別のある時刻(例えば午前6時)までの間だけスイッチが入る様にする方法もあるのですが、ここでは、光センサを使って、周囲が暗くなったらスイッチを入れ、周囲が明るくなったらスイッチを切る様な装置を作る事を考えます。
そこで、入射光量が増えるほど出力電圧が上がる光センサと、ヒステリシスのない反転型2値化回路と、LEDを用いて、図7に示す様な自動照明装置を作る事にします。
反転型2値化回路は、入力電圧vSが閾値VTより低い時に出力がHになり、入力電圧vSが閾値VTより高い時に出力電圧がLになる2値化回路です。
この図は、回路の動作原理を示すためのブロック図です。そのため、実際の回路よりかなり簡略化されています。現実の回路では、例えば、反転型2値化回路の出力電流が照明用のLEDの駆動に不十分な場合、2値化回路の後に、出力電流の大きなバッファを設ける必要があるでしょう。
図7の自動照明装置は、以下の様に動作します。
周囲が十分に明るい場合は、光センサの出力電圧vSが高く、反転型2値化回路の閾値VTを上回るため、反転型2値化回路の出力はLになります。そのため、LEDには電圧がかからず、発光しません。
周囲が十分に暗い場合は、光センサの出力電圧vSが低く、反転型2値化回路の閾値VTを下回るため、反転型2値化回路の出力はHになります。そのため、LEDには発光に必要な電圧が印加され、発光します。
この様に、この自動照明装置は一見うまく動作しそうな気がします。しかしながら、光センサの出力電圧vSが反転型2値化回路の閾値VTに近い場合は、図8や図9に示す様な発振現象が発生します。
青い破線は、もしLEDが点灯せずに光センサだけ動作していたらという仮定で描いた、想像上の光センサの出力電圧vSの波形です。黒い実線が、実際の自動照明装置のvSの波形です。
日が暮れて周囲が暗くなり、光センサの出力電圧vSが反転型2値化回路の閾値VTを下回ると、その直後にLEDが発光して周囲が明るくなり、vSが上昇します。この時、もしvSがVTを上回るまで上昇すると、今度は直後にLEDが消灯して周囲が暗くなり、vSがVTを下回るまで低下します。この様にして発振現象が起こり、LEDは点滅してしまいます。
発振周波数は、光センサ、反転型2値化回路、およびLEDの応答速度(例えば光センサの場合は入射光が急増した時に実際に出力電圧が上昇するまでの時間)により決まります。LEDの代わりに応答の遅い蛍光灯を使えば、低い周波数(長い周期)で発振現象が発生し、秒オーダーの周期で蛍光灯が点滅する様子が観察できます。
この図では、周囲の明るさが十分暗くなれば、LEDが点灯しても光センサの出力電圧vSが反転型2値化回路の閾値VTを上回らなくなり、発振現象が収まっています。
しかし、装置を小型化しなければならない等の理由で、光センサとLEDの距離が取れない場合、光センサがLEDからの直接光を受けてしまい、周囲が真っ暗でもLEDの光だけでvSがVTを上回ってしまう事もあります。そうなれば、周囲が暗い間はずっと発振現象が続く事になります。
周囲が明るくなってきてLEDが消灯する過程においても、図8と同じメカニズムで発振現象が発生します。LEDが点灯した状態で光センサの出力電圧vSが反転型2値化回路の閾値VTを上回る様になると発振を始め、LEDが消灯している状態でもvSがVTを上回るまでに周囲が明るくなると、発振が止まります。
この様な発振現象がなぜ起こるかといえば、2値化回路の出力信号が、入力信号に負帰還されているからです。
つまり、2値化回路の入力電圧vSが低下して閾値VTを下回ると、出力がLからHに変化してLEDが点灯し、それがvSの上昇の原因になっているのです。(また、2値化回路の入力電圧vSが上昇して閾値VTを上回ると、出力がHからLに変化してLEDが消灯し、それがvSの低下の原因になっています) 2値化回路の出力値が間接的に2値化回路自身の入力電圧に影響を及ぼしてしまっています。
この様にある回路の出力信号がその回路の入力信号に影響を及ぼしている場合、「出力が入力に帰還(feedback)している」とか、「信号に帰還が掛かっている」といいます。
出力信号の変化が、さらに変化を促す方向に入力信号を変化させる帰還を正帰還(positive feedback)といい、出力信号の変化が、その変化を打ち消す様に入力信号を変化させる帰還を負帰還(negative feedback)といいます。
図7の回路の場合は、2値化回路の出力の変化が、その変化を打ち消す方向(例えばvSが低い場合は出力がHになってLEDを点灯させる事でvSを上昇させ、そのvSの上昇が出力をLにする方向に働く)に入力信号に変化を及ぼすので、負帰還が掛かっている事になります。
信号が全てアナログ的に処理される場合は、発振条件を満たさない場合、負帰還が掛かっていても、ちょうど入力電圧と出力電圧の関係が釣り合う点に収束し、発振現象は起きません。例えば、自動照明装置の場合、周囲が明るいとLEDが暗く、周囲が暗くなるにつれだんだんLEDが明るくなるという具合にアナログ的な処理をしていれば、発振しない可能性があります。
注:本当に発振しないかどうかは、制御工学的な考察をして発振条件を満たしているかどうかを調べる必要があります。
しかしながら図7の回路の場合は、2値化回路により信号電圧がLとHの2値になっており、その結果、LEDは全く消えているか、最大の明るさで光っているかの2つの状態しか取り得ません。この場合負帰還を掛けると、ちょうどよい明るさでLEDを光らせてバランスを取る事ができず、発振現象が起こってしまいます。
この様な場合、2値化回路にシュミットトリガ回路を使うと、問題を解決する事ができます。
図7の回路の反転型2値化回路を反転型シュミットトリガ回路に置き換えた回路のブロック図を図10に示します。
図10の改良版の自動照明装置を使えば、2つの閾値VTHL、VTLHを適切に設定する事で、図11や図12に示す様に、発振を抑える事ができます。
次のページでは、スイッチで発生するバウンスやチャタリングの対策にシュミットトリガ回路を利用する方法について解説します。