リング発振器の波形を高速ロジアナで測定する(3)

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2019年04月06日 公開。

前のページでは、オシロスコープを使ってリング発振器(リングオシレータ)の波形の観測を行いましたが、次に1Gspsの高速のロジックアナライザ(ロジアナ)を用いてリング発振器の波形を観測します。このページでは、波形観測に使う高速ロジックアナライザについて説明します。

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4.高速ロジックアナライザLAP-F1(6464M)について

今回の波形観測に使用する高速ロジックアナライザである、ZEROPLUS社のLAP-F1(6464M)について説明します。

4-1.LAP-F1(6464M)とは

今回使用するのは、ZEROPLUS社のLAP-F1(6464M)という、高速(1Gsps)、多チャンネル(64CH)、大容量メモリ(64Mb/CH)のロジックアナライザです。このロジックアナライザは、現時点でのZEROPLUSのロジックアナライザのフラッグシップモデル(最上位機種)になります。

写真5、LAP-F1(6464M)
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写真5、LAP-F1(6464M)

この写真の状態では、プローブが16チャネル分付いています。最大の64チャネル分を付けると、配線が多くなり、写真を理解するが困難になるのでこの様にしてあります。この写真に写っているもの以外に、ACアダプタ、USBケーブル、Windowsパソコンなどが、測定には必要になります。

これは、私がこのサイトでZEROPLUS社のロジックアナライザの話をよく書いているので(このページ下の関連ページの欄を参照)、同社が評価用に送ってくださった物です。

余談:LAP-F1(6464M)を送ってくださったのは、昨年の8月の事でした。ZEROPLUS様、色々と他の仕事が割り込んで、実際に使うまでに7~8か月もかかって申し訳ありませんでした。

LAP-F1(6464M)は、LabVIEWを使って高度な測定を自動的に行えるなど、豊富な機能を持っているのですが、ここでは、リング発振器の波形観測に関する機能に絞って説明します。

参考:LAP-F1(6464M)の詳しいレビューは、別の記事で行おうと思います。

一方で、私が普段使っているLAP-C(16064)というロジックアナライザは、100Msps、16CH、64kb/CHと、スペック的に速度(サンプリング周波数)、チャネル数、メモリ容量の点で、全て劣っています。

写真6、(参考)LAP-C(16064)でロジック回路の波形観測をしている様子
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写真6、(参考)LAP-C(16064)でロジック回路の波形観測をしている様子

今回のリング発振器の話に限定して話をすると、特にサンプリング周波数が問題になります。今回使うLAP-F1(6464M)のサンプリング周波数(の上限)は1Gspsですので、1nsの時間分解能がありますが、普段使っているLAP-C(16064)ならサンプリング周波数が100Mspsしかないので、時間分解能は10nsとなってしまいます。今回波形観測するリング発振器は、数nsの伝搬遅延時間インバータを使っているので、100Mspsでは時間分解能が不足してしまいます。

前のページで行ったオシロスコープを使った波形観測の場合は、(2CH同時観測の場合)125Mspsという低速のオシロスコープを使っても、等価時間サンプリング機能により、(繰り返し波形という限定付きで)等価的に高い時間分解能で測定できましたが、非繰り返し波形の測定が多いロジックアナライザの場合は、通常、等価時間サンプリングはできません。サンプリング周波数を上げて、実時間の分解能を上げる必要があります。

そこで、ロジックアナライザを使って正確な波形観測を行おうとすると、LAP-F1(6464M)の様な、高速なロジックアナライザが必要になります。

LAP-F1(6464M)の最高時間分解能は、先ほど述べたように1ns(10-9秒)ですが、1nsといえば、基板上の配線を電気信号がたった約16cm進むだけの極めて短い時間です。この領域の高時間分解能(≒高周波数)の測定を行おうとすると、配線の長さがたった数cm変わったり、配線などの寄生容量がたった数pF変わったりするだけで、測定結果に影響します。

そこで、高速ロジックアナライザには、普及型のロジックアナライザにはない工夫がしてあり、ロジックアナライザを接続しても、被測定回路の動作が極力変化しない様にしてあります。その影響で、高速ロジックアナライザは、取り扱い方法が、普及型のロジックアナライザと違うところがあります。

次の節から、高速ロジックアナライザLAP-F1(6464M)の特徴について、普及型のロジックアナライザLAP-C(16064)と比較しながら、説明します。

【コラム】基板上で電気信号が伝わる速さ

真空中の光速は約3×108m/sですから、1nsの間に真空中を光が進む距離は、(3×108)×10-9=0.3[m]=30[cm]になります。

よく「電気信号が伝わる速さ(電気信号の伝搬速度)は光速と同じ」といわれますが、電気信号が伝わる速さは(そして光速も)、媒質の誘電率によって変わります。真空でない場合は、媒質の誘電率の平方根に反比例して、電気信号が伝わる速さ(や光速)が低下します。

電気信号が真空中の光速と同じ速度で伝わるのは、平行の2本の導線が真空中に配置された平行線路(図12)の場合に限られます。2つの導線の間に何らかの絶縁体(誘電体)がはさまる場合は、電気信号が伝わる速度が、真空中の光速より遅くなります。

図13の様に、電源層がある多層基板上の信号線を電気信号が伝わる速度は、1nsあたり16cm程度になる(ただし基板の絶縁層の誘電率や基板の形状に応じて少し変化する)といわれています。

図12、真空中の平行線路を伝わる電気信号の速度
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図12、真空中の平行線路を伝わる電気信号の速度
図13、電源層のある多層基板上の信号線を伝わる電気信号の速度
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図13、電源層のある多層基板上の信号線を伝わる電気信号の速度

この様に、十分広い電源層と信号線の間に絶縁層を挟んだ構造の伝送路を、マイクロストリップ線路(マイクロストリップライン)といいます。

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4-2.アクティブプローブ

普及型のロジックアナライザと高速ロジックアナライザでは、プローブ(信号を取り込むための電極や配線)の形式が違います。普及型のロジックアナライザでは、安価なパッシブプローブ(受動プローブ)を使うのに対し、高速ロジックアナライザでは、高価なアクティブプローブ(能動プローブ)を使います。

今回使用するLAP-F1(6464M)の場合は、必ず専用のアクティブプローブを使用する様に設計されています。

参考:オシロスコープを使う測定の場合も、低周波数で低時間分解能の測定を行う場合はパッシブプローブを使い、高周波数で高時間分解能の測定を行う場合はアクティブプローブを使います。

4-2-1.パッシブプローブとアクティブプローブの違い

図14にパッシブプローブの概念図を示します。

図14、パッシブプローブの概念図
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図14、パッシブプローブの概念図

パッシブプローブというのは、要するに、信号を測定したい基板(被測定回路)とロジックアナライザを接続するための、ただの配線(と接続部の電極やコネクタ)です。

パッシブプローブは、アクティブプローブと比較すると、次の利点があります。

しかし、GND線と信号線の間、あるいは違うチャネルの信号線同士に発生する寄生容量(意図せず発生する静電容量)と、ロジックアナライザの入力容量(入力端子に発生する寄生容量)が全て被測定回路の負荷となってしまうため、信号の波形がなまってしまったり、遅延時間が大きくなったりと、パッシブプローブを接続する事で、回路の動作を変えてしまう事があります。(図15参照)

図15、ロジックアナライザの入力容量による波形のなまり
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図15、ロジックアナライザの入力容量による波形のなまり

寄生容量のインピーダンスは信号の周波数に反比例して小さくなる(すなわち高い周波数の信号ほど寄生容量に電流が流れやすい)ため、高い周波数の信号を観測する場合ほど、パッシブプローブが被測定回路の動作に与える影響は大きくなります。高周波で動作する回路にパッシブプローブを接続すると、正確な波形観測ができなくなるだけでなく、被測定回路が正常に動作しなくなる場合もあります。

また、それほど高い周波数の信号を扱う回路ではなくても、出力インピーダンスの高い回路では、寄生容量のインピーダンスが出力インピーダンスと比較して相対的に低くなるために、パッシブプローブが被測定回路の動作に大きく影響する事があります。

参考:オープンコレクタ出力やオープンドレイン出力の信号線をプルアップ抵抗でプルアップして、ワイヤードORを取る回路、例えばI2Cバスでは、出力がLの時は出力インピーダンスが低いですが、出力がHの時は、プルアップ抵抗の抵抗値そのものが出力インピーダンスとなり、出力がLの場合に比べて桁違いに出力インピーダンスが高くなります。この様な回路での信号波形の観測の際には、特に測定器やそのプローブの寄生容量に注意を払う必要があります。

余談:正常に動作しない回路の問題を調べようと、ロジックアナライザやオシロスコープのパッシブプローブを接続すると、プローブや測定器の寄生容量の影響で回路の動作が変化し、プローブを接続している間だけ回路が正常に動く事がまれにあります。問題の原因を探るために測定器を使っているのに、測定器を使っている間だけ問題が表面化しないので、頭を抱えてしまう事になります。

普及型のロジックアナライザを使う場合は、写真6に示した様に、GND線と各チャネルの信号線がバラバラの、いわゆる「バラ線」を使う事が多いです。

参考:オシロスコープの場合は、各チャネルの信号線ごとにGND線をペアにし、信号線を内部導体、GND線を外部導体とした同軸ケーブルを使う場合がほとんどです。これは、アナログ信号にの測定においては、デジタル信号の測定よりもノイズの影響を受けやすく、ノイズに強い同軸ケーブルを使わないと、十分な精度の測定ができない事が多いからです。しかし、帯域が狭い(例えば1MHz以下の)オシロスコープでは、高い周波数のノイズに対して感度を持たないため、ノイズの影響を受けにくく、また帯域の狭い安価なオシロスコープではプローブに対するコスト制約が大きい事もあって、バラ線やツイストペアケーブルをプローブとして使う事がまれにあります。

高周波数の信号の測定を行う高速ロジックアナライザでは、パッシブプローブの寄生容量が被測定回路に与える影響が致命的になります。そこで、寄生容量が小さいアクティブプローブを使用します。

アクティブプローブの概念図を図16に示します。

図16、アクティブプローブの概念図
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図16、アクティブプローブの概念図

この図では、波形整形回路とロジックアナライザをつなぐ配線は、電源線2本とGND線、および信号線の、合計4本です。しかし、電源線の-側の線とGND線を兼ねて3本にする構成も考えられます。また、ロジックアナライザから波形整形回路に何らかの制御信号を与える必要がある場合は、制御線が加わります。さらに、波形整形回路に入力された波形を何らかの符号化をしてからロジックアナライザに送る構成も考えられます。必ずしも4本の配線ではない事にご注意ください。

アクティブプローブは、ただの配線ではなく、波形整形回路が内蔵されています。波形整形回路は電源の供給がなければ動作しないので、ロジックアナライザと波形整形回路の間には、信号線だけではなく、電源線もあります。

波形整形回路は、バッファアンプや出力バッファ付きのコンパレータなど、観測した信号を高インピーダンスで受け、電流増幅して低インピーダンスで出力する回路になっています。

被測定回路は、信号を測定したい基板(被測定回路)と、波形整形回路以遠の回路(波形整形回路とロジックアナライザの間の配線、およびロジックアナライザ本体)とを電気的に切り離す働きをします。この働きにより、被測定回路から見れば、被測定回路と波形整形回路の間の配線、および波形整形回路の入力端子のみが測定時につながっている様に見えます。

波形整形回路とロジックアナライザをつなぐ配線で発生する寄生容量や、ロジックアナライザの入力容量(図16では共に青い文字で表記)をチャージ(充電)するのは波形整形回路内の電流増幅回路ですから、これらの静電容量は被測定回路の負荷容量にはなりません。

そこで、波形整形回路と被測定回路の間の配線を十分短くして寄生容量を減らし、波形整形回路の回路構成を工夫して入力容量を小さくすると、被測定回路の負荷になる容量が数pFと、極めて小さくなります。

なお、波形整形回路の入力端子に、きちんとした過電圧入力回路を組み込もうとすると、必然的に入力容量が大きくなります。これは、ESD保護用ツェナーダイオードバリスタなどの過電圧保護阻止には、高周波数の信号測定には無視できない寄生容量があるため、それらの部品を使えないからです。

そのため、波形整形回路の入力回路には、過電圧保護回路が全く付けられなかったり、仮に簡易的な過電圧保護回路が付けられたとしても、その性能は不十分なものになります。

この様に、アクティブプローブは、パッシブプローブよりも過電圧に弱いという特性があり、誤ってプローブを回路の高電圧部に接続したり、入力端子を手で触って静電気を加えたりという不適切な使用法で壊れやすい性質があります。

なお、波形整形回路と被測定回路の間の配線を最短にしなければならないという性質上、被測定回路のGND端子は、各チャネルの信号端子とペアで、至近距離に設置する必要があります。(図17および図18参照)

図17、パッシブプローブで複数チャネルの信号を測定する場合
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図17、パッシブプローブで複数チャネルの信号を測定する場合

高速な(高周波数の)信号の測定が求められていないため、配線長に対する制約が緩く、GND線を各チャネルで共用できます。

図18、アクティブプローブで複数チャネルの信号を測定する場合
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図18、アクティブプローブで複数チャネルの信号を測定する場合

高速な信号の測定をするために、波形整形回路と基板の信号端子間の配線長を最低限にする必要があります。必然的に、各チャネルごとにペアとなるGND端子を設ける必要が出てきます。なお、上の図では、作図の都合上、波形整形回路とロジックアナライザの間の配線長が、CH1とCH2とで異なっていますが、実際にはこれらを揃えないとチャネル間でスキュー(伝搬遅延時間のずれ)が発生します。

以上のアクティブプローブの説明をまとめると、アクティブプローブは被測定回路の負荷になる静電容量を小さく抑えられるため高周波数の測定に向いているという利点を持っているものの、次の様な欠点もあります。

次のページでは、LAP-F1(6464M)のアクティブプローブの特徴について、LAP-C(16064)のパッシブプローブと比較しながら説明します。

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