マイクが拾う足音をHPFで除去できるか?(1)

先日、次の様なメールが、当サイト(しなぷすのハード製作記)のメールフォームから送られてきました。

一室を借りてバンド演奏を録音しています。時々、室外の足音などをマイクが拾ってしまします。
足音を除去するには、ハイパスフィルタをマイクの前に取り付ければいいのでしょうか。

今回は、マイクが拾う足音をハイパスフィルタで除去できるかについて考えたいと思います。

広告

はじめに

先ほど、私あてのメールを引用しました。

私信をブログに無断引用するのはマナー違反かも知れないのですが、メールの内容を批判する意図でこの記事を書いているわけではなく、また送信者名を伏せているので、問題ないと判断し、メールの文面を引用しました。

後で送信者に確認を取って、引用に問題がある様なら、この記事を削除するか書き換える可能性があります。

今回のメールの様に、時々当サイトで紹介している電子工作に直接関係のない質問を受ける事がありますが、そういう時は、なるべく個人的には答えない事にしています。

というのは、冷たいようですが、見ず知らずの人に、時間をかけてメールを書いて返す義理がないからです。

もし時間をかけて何らかの解説や議論をするなら、個人的にではなく、例えばTwitterやこのブログの様な第三者が見られる媒体でしないと、時間をかけた割には、その内容が他者に共有されず、時間の利用効率が悪いです。

という事で、私への私信の返事を、ブログ上でさせていただきます。

ハイパスフィルタを用いたノイズの低減

ハイパスフィルタ(HPF)とは、フィルタ回路の一種で、色々な周波数成分を含む電気的な信号から、ある周波数(カットオフ周波数)よりも高い周波数成分を取り出す電子回路の事です。

逆に言えば、カットオフ周波数よりも低い周波数成分を除去する電子回路ともいえます。こういう意味から、ハイパスフィルタはローカットフィルタと呼ばれる事もあります。

ハイパスフィルタのこの性質を利用すれば、信号の中で望ましくない成分(ノイズ)が低周波数領域にまとまって存在し、本来必要な成分が高周波数領域にまとまって存在する場合(図1参照)、低周波数領域のノイズだけを除去(あるいは低減)し、必要な成分はそのまま取り出す事ができます。

図1、HPFでノイズの除去がいまくいく場合の信号の周波数分布

図1の場合、ノイズが存在する周波数帯(低周波数領域)と本来必要な信号が存在する周波数帯(高周波数領域)がはっきりと分かれていますから、それらの周波数帯の間にカットオフ周波数を設定すると、ハイパスフィルタの周波数特性は図2に示す様になります。

図2、ハイパスフィルタの周波数特性の例

図2のグラフの縦軸は利得ですが、これは信号を通す度合いを表します。利得が1ならば、その周波数において、ハイパスフィルタは信号をそのまま通します。利得が0.5ならば、その周波数において、ハイパスフィルタは信号の振幅を半分に小さくします。

本来ならば、カットオフ周波数より下の周波数で利得が0となり、カットオフ周波数よりも上の周波数では利得が1となれば理想的なのですが、そのような不連続な特性を持つハイパスフィルタは、物理的には構成できません。

実際のハイパスフィルタでは、図2で示した様に、カットオフ周波数より上の周波数では、利得が1でほぼ一定になり、カットオフ周波数より下の周波数では、カットオフ周波数から遠ざかるにしたがって、徐々に利得が減少していきます。

周波数が低くなるにつれて、徐々に利得が下がるため、信号を通さない阻止帯域と、信号を通す通過帯域の境目(すなわちカットオフ周波数)があいまいになっています。そのため、利得が、十分高い周波数での利得の1/√2倍(≒0.707倍)になる周波数の事を、便宜的にカットオフ周波数と呼ぶ事が多いです。

注意:図2では、ある周波数で利得が完全に0になっている様に見えますが、縦軸は(そして横軸も)対数目盛になっています。グラフの一番下の線は、利得0を表していません。また、通過帯域の利得(カットオフ周波数より十分高い周波数の利得)が1になるハイパスフィルタの特性を例として挙げましたが、通過帯域の利得が1でないハイパスフィルタも存在します。

図1の周波数分布の信号を、図2の周波数特性を持つハイパスフィルタに通すと、図3の様な信号分布になります。

図3、ハイパスフィルタを通した後の信号の周波数分布

図3から分かる様に、ハイパスフィルタを使うと、必要な信号はそのまま取り出す事ができ、一方でノイズは、大幅に小さくできます。

ノイズの分布する周波数帯域内でも、周波数が低いほどフィルタの効きが強くなります。その事により、図3の青い破線と青い実線に示した様に、ノイズの周波数分布のピーク周波数が、ハイパスフィルタを通した後では、高周波数側にシフトします。

ハイパスフィルタでうまくノイズが低減できない場合

今度は、ハイパスフィルタを使っても、うまく必要な信号を残してノイズだけを低減する事ができない、図4の様なケースを考えてみます。

図4、ハイパスフィルタでうまくノイズだけを低減できないケース

図4で注目すべき事は、ノイズと必要な信号が、オーバーラップして存在する周波数帯域がある事です。そのため、ノイズの帯域と必要な信号の帯域の間にカットオフ周波数を設定する事ができません。

ここでは妥協案として、ノイズと必要な信号の強さが同じになる周波数を、カットオフ周波数にする事にします。

この場合、図5の様に、ハイパスフィルタでノイズを低減しようと思っても、ノイズの高周波数側がうまく除去されずに残ったり、必要な信号の低周波数側が逆に減衰してしまったりします。

図5、ハイパスフィルタを通してもノイズが残り、かつ必要な信号が変化してしまう様子

カットオフ周波数を高めに設定すると、ノイズはより除去できますが、必要な信号がより減衰してしまいます。

逆に、カットオフ周波数を低めに設定すると、必要な信号の減衰は抑えられますが、ノイズがあまり除去できなくなってしまいます。

結局、図4の様にノイズの帯域と必要な信号の帯域がオーバーラップしている場合は、どの様にカットオフ周波数を設定しても、何らかの不具合が発生するのです。

ハイパスフィルタによるノイズの除去の仕組みを音声信号に応用する

ハイパスフィルタが低い周波数のノイズを除去する仕組みを、音楽の録音に応用する方法について考えてみます。

音響機器で音声を扱う場合は、通常音声信号として扱います。ここで、音声信号とは、音圧(空気の圧力の時間的な変化成分)を交流電圧に変換してできた電気信号の事を指します。

図6を使って、もう少し音声信号について詳しく説明します。

図6、マイクで空気の圧力の変化を音声信号に変換する様子

音の正体は、空気の圧力(気圧)の時間的な変化です。音がない時は、空気の圧力が一定ですが、音が発生すると、空気の圧力が上がったり下がったりを繰り返します。

そして圧力の上がり下がりが1秒間に何回起こるかを周波数と呼び、Hz(ヘルツ)という単位で表します。例えば、1秒間に圧力の上がり下がりが100回あれば、100Hzです。

個人差はありますが、人間の耳はおおよそ20Hz~20,000Hz(20kHz)の周波数の範囲の音を聞き取る事ができます。

人間の耳は、空気の圧力の時間的な変化成分を感知しますが、空気の圧力そのものを感知するわけではありません。

空気の圧力の時間的な変化成分というのは、図6の上の図と真ん中の図を見比べれば分かる様に、実際の空気の圧力から平均的な空気の圧力を引けば求まります。

この様な引き算の操作によって、空気の圧力の時間的な変化成分が取り出せるのですが、これを音圧といいます。人間の耳は、音圧を感知するのです。

マイクロフォン(マイク)は、音圧を電圧に変換する装置です。言い換えれば、マイクは音圧に比例した電圧を出力する装置です。この「音圧に比例した電圧」により、音声を電気的に表現した信号の事を、音声信号といいます。

音声信号を、逆に空気の圧力変化(音圧)に戻す装置がラウドスピーカー(スピーカー)です。大きく増幅した音声信号をスピーカーの端子に入力すると、音声が出てきます。

ところで、人間の耳は、周波数の低い音圧を「低い音」として知覚します。また、周波数の高い音圧を「高い音」として知覚します。

ここで、音楽を録音する場合を考えます。

録音したい音楽が、仮に高い音だけで構成されていて、邪魔なノイズが、仮に低い音だけで構成されているとすると、マイクで収録した音声信号をハイパスフィルターに通せば、ノイズだけを低減する事ができそうです。(図7参照)

余談:マイクの出力をハイパスフィルタの出力につなぐことを「マイクの後にハイパスフィルタを取り付ける」と表現します。マイクの前は、音が伝わる空気です。

ところで、音楽が高い音だけで構成されており、ノイズが低い音だけで構成されており、図1に示した様に、ノイズの帯域と、欲しい音楽の信号の帯域とが、はっきりと分かれているって、本当に考えてもいいんでしょうか?

今回のまとめと予告

今回は、まずハイパスフィルタの原理的な説明をしました。その際に、ハイパスフィルタでノイズを効果的に低減するには、ノイズが低い周波数領域にまとまって存在し、かつ欲しい信号が高い周波数領域にまとまって存在し、両者が周波数軸上でオーバーラップしない必要があると述べました。

後半では、人間の耳は音圧を知覚する事、マイクは音圧を電圧に変換する事、電圧波形の形で音声を表現した信号を音声信号と呼ぶ事、人間の耳は低い周波数の音を低い音と知覚し、高い周波数の音を高い音と知覚する事などを説明しました。

さらに、それを踏まえて、マイクの後にハイパスフィルターを取り付ければ、ノイズを低減できる可能性があるかもしれないと説明しました。

そして最後に、足音などのノイズが、音楽の周波数帯にオーバーラップすることなく十分に低い周波数帯にあると考えていいのかという疑問を提示しました。

かなり質問者の問題への回答に近づいてきましたが、回答に完全に答えるには、音楽の周波数分布と、ノイズの周波数分布について、もう少し突っ込んだ考察が必要です。

私に時間的な余裕があれば、回を改めて、音楽やノイズの周波数分布についてもう少し考察してみたいと思います。それと共に、音楽やノイズの周波数分布やカットオフ周波数の設定値以外にも考慮しなければならない要素がありますので、それについても説明したいと思っています。

興味がある人は、あまり期待しないで、気長に待ってください。

広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

認証コード(計算結果を半角数字で入力してください) *